The victim
『次のニュースです。
今日の午後9時頃、都内の住宅地で、首から血を流して倒れている女性を近くの住民が発見しました。』
テレビに映された映像を見て、はコーヒーカップを口に運んだままギクリと固まった。
今いるこのマンションのすぐ近くの風景が、物々しい雰囲気でテレビに映っていた。
パトカーの赤ランプが不気味に回っていて、警察官が数人で現場検証をしている。
『女性はすぐに病院へ搬送されましたが、まもなく死亡が確認されました。
女性の首筋には先端の尖ったもので刺されたような傷跡が数箇所あり、警察は殺人事件と見て捜査を始めています。』
殺人事件――
まさか、こんな身近に起こるとは思っていなかった。
は動揺した自分を鎮めようと、手に持っていたマグカップを机に置くと大きく息をついた。
「ああ、やっぱりあの人死んじゃったんだ。」
「――!!!」
自分しかいない部屋から、突如男の声が聞こえた。
は瞬時にその声のする方向に振り向く。
あまりのことに息が止まりかけたせいで上手く呼吸ができない。
「いくら捜査したって、オレたちを捕まえるなんて夢のまた夢だよな。」
の視界には、黒い服を来た5人の男が立っていた。
全員顔色は悪く、薄ら笑みを浮かべている。
はソファから動けなかった。
目の前の状況、彼らの言葉に、頭が追いついていかない。
一体どこから入ってきたのだろう、家の鍵は全部締めきっていたのに。
物音一つ立てずにこの部屋に…いつから?
そして彼らの言葉――自分の目の前にいるのは、殺人犯?
あまりにもいろいろな思考が頭の中を駆け巡り、彼らから距離を取ることはおろか、叫び声さえ出せない。
体中の血液が冷え切ってしまったかのように、自分の身体が冷たかった。
心臓が大きく鼓動している。頭の中まで鼓動音が響き渡っている。
上手く息をしたくても、なかなか身体が言うことを聞かない。
まるで自分の身体ではなくなってしまったかのように、は固まっていた。
「ジェジュンヒョン、ユチョンヒョン、いきなり声をかけたから、彼女ビックリしてるじゃないですか。」
「この状況で驚かせないようにってのはムリっしょ。」
何食わぬ顔で会話する彼ら。
そのうちの一人――『ジェジュン』と呼ばれた男が、じり、とに近寄ろうと動きを見せた。
それに弾かれたように、は即座に立ち上がる。
そばに置いていた携帯だけを手に取り、ベランダへと走る。
5人に玄関への廊下に立たれてしまっている以上、ベランダの非常階段から外に出るしかない。
命さえ助かるのなら、多少の怪我をしてでもここから逃げ出さなければ…!
――ダンッ!
「きゃあっ!!!」
の手が窓の引き手に触れた瞬間。
ものすごい勢いで片腕を引かれ、バランスを崩したのをいいことに思いっきり床に叩きつけられた。
激痛が体中を駆け巡る。
呼吸が上手くできず、頭がクラクラする。
両腕を押さえつけられ、のしかかられているせいで身動きも取れない。
「さっすがユノヒョン。手が早いね〜。」
「ユチョンには言われたくないな。」
顔の近くで声がする。
恐る恐る目を開けると、そのタイミングで相手もこちらに振り返った。
優しく微笑み、片手をそっとの首筋に添えてくる。
「――! や、触らないでっ…!」
ニュースの報道――倒れていた女性は、首から血を流して亡くなった。
もし、この男達が殺人犯ならば――
「…あ、……」
男の赤く光る瞳と目が合った瞬間、の全ての思考回路がストップした。
視界が徐々に閉じていき、未だ流れ続けているテレビの音も遠退いていく。
強張っていた体も徐々に力が抜けていき、痛みの感覚も薄れていく。
まるで自分の意識をどこかに引っ張られるような感覚。
「あれ、ユノヒョン…眠らせちゃうの?」
意識が途切れる直前、そんな言葉を聞いたような気がした。
どこか遠くで、ぼんやりと誰かの笑い声がする。
嬉しそうな、幸せそうな、それでいてどこか不気味な。
その笑い声の正体がなんなのか確認したいのに、視界がまったく開けない。
辺り一面、黒 黒 黒。
体がどこか宙に、フワフワと浮いているような感覚。
かと思えばどこかに押し付けられているような圧迫感。
自分が今どこにいるのか、
何をしているのか、
考えようとすると、それを阻止するかのように気持ち悪さがを襲う。
なんとか落ち着きを取り戻そうと、深く息をつく。
息を吐ききった瞬間、
「あっ――!!」
首筋に、激痛が走る。
刺されたような、抉られているような、例えようのない痛み。
は、は、と細い息しかできず、頭が真っ白になっていく。
すると視界がふっと戻り、見慣れた景色が目に入ってきた。
自室の天井だ。
部屋の電気はつけられておらず、窓から差し込む月の光だけが光源だった。
視界が晴れると、全ての感覚もはっきりした。
体のバランス感覚も、聴覚も。
それと同時に、首筋の激痛の原因も、今の状況も頭の中に入ってきた。
視界の隅に映る、黒い影。
あの5人のうちの一人が、に覆いかぶさりベッドに押さえつけ、首筋に噛み付いている。
「…ぁ、っ…!」
頭は勝手に状況処理をしているのに、何も考えることができない。
身動きもできず、声も出せず、ただただ激痛に耐えるしかない。
血液の匂いが、鼻につく。
背筋がぞっとした。
「……あ、起きた?」
「…ぁ、…はっ、っ…!」
「あぁ、ユノヒョンのせいで喋れないんだっけ。」
むくりと上体を起こした男は、口元の鮮血を手の甲で拭い、妖艶に微笑んだ。
ベッドに横たわるに跨り、満足そうに上から見下ろしている。
目を合わせたの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「…なんで泣くの?」
微笑を浮かべて涙を拭う男。
できることならその手を振り払ってやりたかった。
自由に動けさえするのなら。
でも今は、金縛りにあったように体が動かない。
「痛い? 怖い? だから泣くの?」
「…ふ、っ…」
「でももうボクで終わりだよ。みんな、君の血吸い終わってるから。」
「……っ、…」
――ガチャッ
「おいジュンス、まだか…ああ、目覚めたのか。」
「ユノヒョン。」
扉が開き、4人はベッドを取り囲むようにぞろぞろとやって来る。
ユノと呼ばれた男がの顔を覗き込むと、金縛りがとけたように体が自由になった。
途端、恐怖からか体が震え始める。
涙は留まることを知らずに瞳から零れ落ちていく。
「ジュンスヒョン、何かしたんですか?」
「なにもしてないよ。」
「…ジュンス、早く退いてあげなよ。」
「ボクがどいたらこの子逃げちゃうよ。…ジェジュンヒョンじゃ捕まえられないでしょ?」
体が自由になっても、もう逃げ出すような力は残っていなかった。
せいぜい震える体を自分で抱くことくらいしかできない。
「安心しなよ。アンタのこと、殺したりはしないから。」
「あっ…!」
「いい感度。」
ユチョンが怪しく微笑み、の首筋を指で撫でた。
5人がつけた首筋の傷に、何度も何度も指を滑らせる。
そして指先についた血を口に運び、ぺろりと一舐めすると一層笑みをこぼした。
「アンタの血、絶品だぜ。」
「僕たち、吸血鬼なんだ。」
「これから君にお世話になることにしたから、よろしくね。」
「テレビで報道されていた女性よりも、あなたの血は遥かに美味なんですよ。」
「俺たちと一緒に生きてくれるよな…?俺たちには、お前が必要なんだ。」
何を勝手なことを言ってるんだろう。
そう思いながらも、首筋の痛みがいつしか甘美なものに変わっていて、だんだん上手く物事を考えられなくなっていた。
涙を拭う手が優しい。
握られた手が暖かい。
かけられる声が心地いい。
柔らかな眼差しが嬉しい。
まるで何かの薬を盛られたかのように、甘い痺れが体中に駆け巡る。
「…やっと、堕ちた。」
「もう離さない。」
握られた手を握り返したとき、悪魔の囁きがの耳に届いた。
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2010.12.24
聡子さんから頂いたリク、メンバーが吸血鬼のお話でした。
微妙なところで終わらせてすみません(>_<)
メンバーとの絡みも薄い…ああぁ申し訳ありません!
書いていて香澄はひっじょーに楽しかったです!
もっともっと、こう…やらしくしようかしら、なんて思ったりもしたんですが…
表に置く作品なので、調子に乗りすぎるとマズいな、と判断しました^^;
遅くなりましたが、聡子さんへ。よろしければ受け取ってください^^
リクエストありがとうございました!