熱めのシャワーと頭から浴びて、目を閉じて水音だけの世界に浸る。
泡と一緒にマイナスの感情が全部流れていけばいいのに。
そんなことをぼんやり考えていると、バスルームの向こうからユノに名前を呼ばれる。
「、大丈夫?のぼせてない?」
「うん、大丈夫。もう出るよ。」
躊躇いがちなユノの声。
心配させるほど長い時間入ってたんだ……全然自覚なかった。
久しぶりに家に来てくれたユノを待たせてしまったことに、ちょっと罪悪感を覚える。
最近、どうも物思いに耽りやすい。
くよくよしたってしょうがないことはわかってるはずなのに、気持ちの切り替えがうまくできない。
「ずいぶん長いこと入ってたね。」
「ごめん、つい……」
部屋着に身を通して脱衣所の扉を開けると、リビングの冷気が一気に体を冷やしてくれた。
もわもわ、じめじめする脱衣所と違って、カラッとした空気は居心地がいい。
私の顔を見るなりホッとした表情になるユノ。
悪いことしたなーっていう気持ちと、なんとなくくすぐったい気持ちが入り混じる。
「が出てくるのずっと待ってたんだ。」
「うん、ごめん。」
私の言葉尻に被せるようにして、はにかみながらユノは私の両手首を掴んだ。
「を我慢しすぎ罪の現行犯で拘束します。」
「……ん?」
気づけばフェイスタオルで拘束された両手首。
目の前のユノはいたって普通、機嫌がいい時みたいにはにかみながら、さも当たり前のように私をリビングへと誘導していく。
誘導っていうより、連行っていう言葉のほうが正しいかも。
普段飲まないお酒を飲んで酔っ払っちゃった?っていうくらい、ユノの行動は突拍子過ぎて理解するのに時間がかかった。
さっき何罪って言ってたっけ。
我慢しすぎ罪?
「ユノ、ごっこ遊びがしたいの?」
「これより被疑者に対する取り調べを行います。不必要な私語はしないでください。」
刑事もののドラマを見てるんだか、そうじゃないんだか。
なんとなくくだけた雰囲気の中、相変わらず機嫌のよさそうな顔で私をソファに座らせた。
その隣に、自然に腰を下ろしたユノ。
両手首のタオルはいつ外してもらえるのかな。
「あなたが恋人に最後に連絡をしたのはいつか覚えていますか。」
「……えっと、……3日前、だったかな。」
「最近、恋人と過ごす時間を取れていますか。」
何をわかりきったことを言ってるんだろう。
恋人って、自分のことじゃん。
なんて腹の内で突っ込みつつ、ユノの遊びに付き合ってあげることにした優しい私は手首のタオルを見つめながら質問に答える。
「お互い忙しいので取れていません。」
「取りたいと思っていますか?」
「そりゃぁ、まあ……」
改まって聞かれると恥ずかしい。
もぞもぞと答えていると、ユノがキッチンに立ち上がりマグカップを持ってきた。
甘くて爽やかな香り。ほんのり湯気が立ってる。
「まあ、これでも飲んで落ち着いてください。」
「落ち着いてるけど……」
ホットレモネードを、刑事ドラマでよくあるカツ丼の差し入れの代わりにしてるらしい。
タイミングがしっちゃかめっちゃかで思わず笑ってしまう。
「ねえユノ、飲みたくてもこの状態じゃ飲みづらいんだけど。」
「ああ、そっか。」
両手を顔の横まで持ち上げて、わざとらしく振ってみるとあっさりと解放してくれた。
ユノが作ってくれたのかな、このレモネード。
ほっこりして、あったかい。
それにしてもなんで――
「取り調べを続けます。あなたは、罪の意識がしっかりとありますか?」
せっかくリラックスしてたのに。
なによ、罪の意識って。
まるで悪者のような言い方に反発しようと思ったら、ユノの微笑みに少しだけ変化があって思わず息をのんでしまった。
微笑んでることに変わりはないけど、真面目な話をする時の目になってる。
「頑張りすぎてる自覚、ちゃんとある?」
秒針が時を刻む音だけが響く。
体の中に広がったレモネードの温度が、じわじわと内側から広がっていく感覚がした。
手首は拘束から解放されたのに、今度はユノの声が私を捉えた。
ユノの言葉は、私が聞きたくて、聞きたくなかった言葉だ。
「我慢しすぎなの、ちゃんとわかってる?」
手の甲でおでこを撫でられた。
髪を撫でられ、優しい手は頬に添えられた。
「俺が心配してること、ちゃんと気づいてる?寂しいとか、つらいとか、全然言わない。俺に。言ってくれないでしょ。」
甘くて爽やかな香りが鼻に抜けていく。
頭の中でほどけて漂って、まるで包んでくれるみたいに体中に広がる。
「は、いつも我慢しすぎてる。何かと、誰かと自分を比べて、自分の本音を表に出さないようにしてる。」
いつの間にかユノは真剣な表情になっていた。
久々に間近で見る、ユノのこの表情。
たまにちょっとだけ沈痛そうな顔をするの、私のためかなって少し自惚れちゃう。
「自分の悪いところをそれが自分のすべてみたいにしゃべる。にはそれ以上にいいところがたくさんあるのに。」
「……それは、ちょっと大げさ。」
久々に発した自分の声が、思った以上に湿っぽくてびっくりした。
喉元がつまるような感覚がする。
一見責められているようなこの状況も、ユノの優しさからだって当たり前のようにわかっていて、うれし涙が出そうになる。
でもそれ以上の涙の理由は、とっくのとうにユノに突きつけられてた。
「弱音を吐いていい人間が近くにいるのに、甘えたがらないのはなんで?」
「だって、ユノだって、がんばってるから……私なんかより、ずっと。だから――」
「ほら、そうやってまた比較する。」
現行犯逮捕。
ユノがそう言ったかはわからないけど、手に持っていたマグは奪われテーブルへ。
鮮やかなまでに私を腕の中に包むと、静かにはっきりと、耳元で私だけに囁いた。
「俺はこんなに甘えてるんだから、も俺に甘えてよ。」
泣かせるレモネード