「くん、いい結果が出せたな。」
普段厳しい顔つきの上司の柔らかい笑みと共にかけられた言葉が、今でも頭の中をぐるぐる巡る。
退社してから結構な時間が経つというのに、さっきから同じ言葉を思い出しては首を横に振るの繰り返し。
浮かれてはいけない、気をしっかり持ち直せと自己暗示をかけまくる。
でも上手くいかないのはやはり褒められて嬉しいからなのだろう。
一つ結びのグレースーツウーマン
私は褒められることが苦手だ。
嬉しくなるし誇らしい気持ちになるしモチベーションは上がるけれど、「褒められたという事実」に甘んじて気を抜いてしまいそうでどうにも手放しでは喜べない。
日ごろ口を結んで目前事項に取り組むような私を周囲はもっと気楽に生きればいいのにと哀れむ。
自分でも確かにと思うところはあるけれど、二十数年で構築された性格を改めるというのはなかなか難しい。
現に今も、二時間ほど前にかけられた上司からの労いの言葉を思い出してはいかん、と眉間にしわを寄せている始末。
「。」
不意に呼ばれた自分の名前。
声の主に驚き顔を上げると三ヶ月ぶりに見るチャンミンの姿があった。
閑静な住宅街で思わず大きな声を出しそうになる。
息を止めるように声を発するのを止めた私を見て、チャンミンはくしゃりと笑った。
「ど、どうして、ここに?」
「どうしてって仕事が一段落したから。に会いに来ようと思って。」
手荷物というには少し大きすぎるほどのカバンを背負いなおしながらチャンミンは笑う。
いつも会いに来てくれる時は事前の連絡があったから、突然来るなんて考えてもいなかった。
仕事終わりの気の抜けたこんな姿、見せたくなかったのに。
「それにしても、相変わらず飾り気がない格好…都会のOLってもっとキャピキャピしてるよ。」
「…私には似合わないし…。」
「髪型に少し手を加えるとか、ネイルするとか、アクセサリーつけるとかしないの?別に怒られないでしょ?」
「誰に見せるわけでもないから…。」
「らしいなあ。」
チャンミンの言うとおり、同期に比べて私はかなり地味な出で立ちだ。
化粧も最低限失礼のないような状態にする程度だし髪形だって無造作に後ろで一くくり。
加えてかなり長いこと使っている黒縁の眼鏡のせいで、顔の印象が重たく見えると言われたこともある。
何度かイメージチェンジを試みたことはある。
だけどそれが実を結ぶことはなく、入社以来私のスタイルは一貫してこれだ。
華やかなOLとは少しかけ離れているという自覚はある。
「ビジネスに必要なのは華やかさよりも実用性ってことだよね。」
「うーん……。」
「違うの?なら頷くと思ったのに。」
そこまで言い切るほどドラスティックではないつもりだったんだけど、やっぱりそう思われてるのか…
鍵を回して扉を開けると、チャンミンの体に押されるようにして自宅になだれ込んだ。
「ちょっとチャンミン、危ないじゃん、押さないでよ。」
バタンと音を立てて閉まる扉を背にチャンミンは悪戯そうに笑う。
危うく転びかけるところだったというのに、チャンミンは悪びれる様子もなく私を腕の中に引き込んだ。
近くから漂うチャンミンの香りに懐かしさを覚える。
「外だとこうやってできないでしょ。だから早く部屋の中に入りたくて。」
「だからって押すことないじゃん…こけるかと思った。」
「驚いた顔するかわいかったよ。」
「…もー、そういうこと言ってはぐらかそうとする…。」
「はぐらかしてないよ、本当にかわいかった。もう一回見たいなー。」
次の瞬間体がいきなり宙に浮いて、素っ頓狂な声が出た。
私の体を簡単に持ち上げていとも簡単にお姫様抱っこの状態になる。
チャンミンは私の顔を見ながら楽しそうに笑っていて、私はビックリしたのと恥ずかしいのとで変な顔になっていた。
玄関で一体何をしてるんだか…。
「その顔、かわいい。」
「…もう、そういうこと言わないでいい。」
「僕が素直にちゃんと言ってあげてるのに?もちゃんと素直に喜べば?」
「……もー…。」
顔に熱が集まるのがすごくよくわかる。
こうやって言われることも慣れてない私に、チャンミンはいつもしてやったり顔で吹聴してくる。
わかってるのに私も素直に喜べなくて、恥ずかしがるから余計に悪循環だ。
目を合わせるのも恥ずかしくなって、咄嗟にチャンミンの目を塞いだ。
「早く下ろして。」
「じゃあ手どけて。」
笑うままのチャンミンと、眉間にしわを寄せたままの私。
頭の中にはずっとチャンミンからの「かわいい」の言葉がリフレインしている。
やっぱり褒められるのは苦手だ。
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2014.9.18
題名でヒロインの説明しちゃえと思ってやってみたらあんまりよくなかった…
(でも直さない)