機械的な唸る音に、セミの声が重なる。
だんだん風の揺らぐ音も耳にとまるようになって、意識がはっきりしていく。
開け放した窓の外、陽炎越しに目に映る草木の生い茂った庭。
太陽の日が注ぎ、目に映る緑がまぶしい。
反射的に目をかたくつぶると、一層セミの鳴き声が大きくなった。
晩夏
背後からの生ぬるい風が、気怠い体をはたくように通っていく。
首だけで振り返ると見覚えのない扇風機が一定の速さを保って首を振っていた。
うんうんと唸りながら。
身をよじったことで衣服が体に張り付く。
いやにべたべたする。
引きずるようにして手の甲を額に当てると、それだけで自分がどれだけ発汗しているのか自覚させられた。
今さらながら、半身にかかるタオルケットが暑い。
「おはよう。」
暑さとうるささと湿気の不快さに目を閉じた私の上に、影が作られる。
人口ではない自然の風が、窓の外から草木を揺らしながら流れてくる。
「すいか、切ってもらったんだけど食べる?」
そう言ってチャンミンは私の頭のすぐ近くに腰を下ろして、胡坐をかいた。
手には団扇。すぐそばに扇風機があるのに、自分を扇いでいる。
セミの鳴き声が長く伸びたと思ったら途絶えた。
扇風機のうなり声と、チャンミンの団扇が風を切る音がより鮮明になる。
まとわりつくような熱気は、私たちの体にじわじわと迫る。
「、起きてる?」
「……うん、……今、何時?」
「4時半過ぎ。」
「……2時間以上寝ちゃった……」
だらりと投げ出された私の腕を、子どもをあやすような強さでたたくチャンミン。
よく寝れた?と聞くその顔はいつもとは少し違って、なんとなく安らいでいるように見えた。
それもそうだ、ここはチャンミンの実家なのだから。
久しぶりの帰郷に私なんかがついてきてしまって、やっぱり失敗だったと改めて思う。
畳の上で大の字で寝転げるなんて、それも人様の家で。
品がなさすぎるにもほどがある。
自分のはしたなさに憂いていると、チャンミンが片眉を下げて笑っていた。
「母さんも笑ってたよ、見て。」
「……あとで土下座してくる。」
「なんで、別にいいじゃん。ここにいてそれだけ落ち着いてるってことでしょ。」
雑魚寝姿をチャンミンのお母さんに見られてしまったことへの羞恥心が、今になってムクムクと膨れ上がる。
両手で顔を覆ってもいたたまれない。
穴があったら入りたい。
と思いつつ、未だに起き上がらない自分自身の体たらくさに失笑してしまう。
ただ回想に耽っていた。
畳の部屋。縁側には開け放たれた窓から日が差していて、悩ましい暑さの中そよ風が吹き抜けるこの部屋。
眩しいばかりの太陽と風に揺れる草木が、昔を思い起こさせる。
セミの鳴き声も情景に馴染みすぎていて、大人になってからのこの情景はため息が出るほどやるせなかった。
こと切れたように畳に身体を預けると、なかなかそこから立ち上がれないでいた。
そして気づけば眠りに落ちていた。
扇風機もタオルケットも、きっとチャンミンやお母さんが用意してくれたもの。
だらしない私を、放っておいてくれたのだ。
「すいか、食べる?」
「うん。」
「甘くておいしいよ。みずみずしい。」
「なんだ、チャンミンは食べちゃったの。」
「まだたくさんあるんだよ。こんなに大きくて、重たいのが。」
身振りですいかの大きさを示したその手は、流れるように私の額に触れてきた。
慈愛に満ちた瞳で見つめられている。
扇風機の生ぬるい風が、私の髪を中途半端に撫でつける。
「すごい汗。」
額に張り付く前髪を撫でよけて、チャンミンは柔らかく笑った。
縁側の外を見れば陽炎が草木をぼやかしている。
いつから鳴き始めたのかわからないセミの声が、どんどん大きくなってく。
目を閉じればあるはずのない鹿威しの音が、快活に世界に響き渡った。
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2016.8.25
”夏”っていうお話を書きたいがための産物です。
チャンミンの実家はいい意味で田舎っぽそうだといいな〜という完全な妄想より。
風景描写の難しさに撃沈しました。