「あのね、実はね、彼氏ができたんだ。」




指きりでした人生最大の約束




彼女の唐突すぎる言葉にまず耳を疑い、これは夢かと疑い、そして彼女を疑った。 は正真正銘自分の惚れた女ではあったけれど、そんな相手であってもには騙されるものかと思っていたから。 はったりをかましているのならば、それを逆手にとってからかって遊んでやろうと思っていた。

ところが、どうも彼女はジェジュンに対して嘘をついているわけではないようだった。 何をやっても不器用でドジばかりを踏む彼女が、顔はおろか耳まで真っ赤にして瞳を潤ませて、なんていう演技をできるはずがない。 つまりそれはの告げたことは現実に起きたことで、ジェジュンの耳は正常に働いていることを意味しているのであった。

ああ、世界が終わったなと、そう思った。


自分では未練がましいとは思ってはいないが世間一般からすると未練がましいという部類に入るのだろう、ジェジュンは自分をそういう人間だとどこかで認識していた。 小さい頃にした「大きくなったら○○しようね。」というありがちな約束は、所詮口約束でしかない。 果たされる可能性は、確率論で言えばそれこそごく稀なものである。子どもは思ったことをすぐ口に出してしまうものだから、仕方がないのだ。 いちいち未来まで考えてられる頭脳を持ち合わせてはいない。 それでもジェジュンにとってみれば、あの時の口約束はいつか必ず果たされるものだと信じて疑わなかった。それは昔もだし、今の今までそうだった。 「大きくなったら結婚しようね。」というありがちな約束を、ジェジュンはいつ、どこでと指切りをしたのかまで覚えている。 彼にとっては幼くして人生最大の、最も重要な約束だった。 だからこそたった今の口から出た言葉を素直に受け止められず、遠い昔にした約束の記憶に思いを馳せているのだ。 ああ、あの時ちゃんと契約書を用意してお互いに署名しておくんだった、などという、今更無駄な後悔をしながら。


「おめでとう、にも春到来だね。どんな人?」


ところが心と体は裏腹で、少し間を置いて自分の口から出た言葉は「この裏切り者!」というものではなかった。 たぶん鏡に自分の顔を映してみたら、驚くほどに自然な微笑をジェジュンはしていて、を見やる視線は優しく声色からも祝福の意が聞いて取れるだろう。 どこからどう見ても、誰が見たって、今のジェジュンはを祝福するの親友であり、大切な幼馴染にしか見えない。 意図してそんな自分を繕っているわけでもないのに、ジェジュンは自分の中にもう一人自分がいるような気がしてならなかった。

恥ずかしそうに、それでも幸せさを全身からあふれ出しているの言葉はジェジュンの脳内にしっかりと残り、彼女の言葉一つ一つの意味を完璧に理解していた。 小さい頃からいるせいでの性格も癖も口癖も笑ってしまうほどに把握しているから、今更が彼氏とのやり取りで起こった珍事件に驚いたりはしない。 うんうん、それは大変だったねと上っ面でいい顔をしておきながら、そんなの日常茶飯事でしょと呆れながらも彼女を愛おしく思った。

気がすんだのか一通り喋り終わると、はさも今思い出したという風を装って


「そういえばジェジュン、ジェジュンは今まで彼女いたことなかったよね?どうして?」


遠慮がちに、しかし好奇心に満ちた目でそんなことを聞いてきた。 ジェジュンならモテるでしょ、と何を根拠にして言っているのかわからないある種の決まり文句を後に続ける。 確かにジェジュンは周りから比べれば”モテる”という部類に入る人間だし、顔も悪くないので生んでくれた親に感謝するべきだが、実際問題本当にモテているかというと答えは即答でノーだった。 ミーハー気質な女子たちの格好の的だったジェジュンだが、女の子が寄ってきて媚を売り始めるとジェジュンも自分の本性を惜しみもなくさらけ出したことが原因で本質的にモテることはなかった。 見せただけで寄ってきた女子たちを一瞬にして遠ざけてしまう彼の本性は、言うまでもなくが関係している、というよりしか関係していない。 僕はしか眼中にありませんということを、口にしないだけで周りにはあからさまに提示しているようなものだった。 それがなぜ本人、の耳に入っていないのか甚だ疑問だが、あるいはも耳にしてはいたものの「幼馴染だからだよ。」と笑って流していたのかもしれない。 だって彼女には意中の彼がいたのだから、ジェジュンを気に留めるスペースなんての心には一欠けらも残っていないのだから。


「僕にも、恋人がいたほうがいいと思う?」
「うん。だって、好きな人がいるって何かもが幸せに見えてくるよ。」
「そうなんだ。」


顔を赤くしながら満面の笑みを浮かべる彼女を見ながら、の見ているその何もかも全てを真っ黒に塗りつぶしてやりたいと思った。 好きな人がいるだけで全てが幸せに見えるなんて、の目には何か特殊なフィルターでもかかっているのかもしれない。バカだなあ、そんなことがあるわけないだろう。


「一日が早く終わってほしいって思うのに、終わってほしくないって思ったりもするし…。」
「欲張りだね、は。」


の頭がお花畑なのは今に始まったことじゃないが、それにしたって少々ボケすぎているなと思う。 そんなに幸せなら、いっそのこと一生分の幸せを今噛み締めてとっとと死んでしまえ。 そんな悪態も、心の中でだからこそつけるものなのが、悔しい。


「だからね、ジェジュンにもそういう幸せを味わってほしいなって。」
「余計なお世話だよ。」(そうだね、僕も早く全てが幸せに見えるようになりたいな。)

「…え?」


心の言葉が口を通して出てくることが本当にあるんだと、漫画でしか起こりっこないと思っていたことを身をもって体験した。 おかげで目の前のは目を点にしている。微笑みの余韻が残っていて、の表情は微妙な半笑いになっていた。 おかしいな、表情は今も尚穏やかな笑顔なのにな。ジェジュンはそう思いつつも、やってしまった失態にどう切り替えそうかと頭を働かせる。 だがそれもだんだんバカらしくなってきて、今更自分の口から出た自分の本心を誤魔化すのもめんどくさくなってしまった。


「要するにがドンくさいのが全ての原因だよね。」


一つがめんどくさくなるとその連鎖は早く、いちいち言葉を選ぶことすら気が億劫になってしまった。 事実のドンくささは異常で、昔から振り回されたきたジェジュンとしてはやっとここで本音が言えることで肩の荷が下りる気がした。 ただ振り回されてきたと言っても、相手がだったら苦痛ではなかったし、むしろそこに幸せを見出したりもしていたから悪口を言っているつもりはない。


「これ、覚えてないの?。指きりげんまん、うそついたら針千本のーますっ。」


とんでもない変態だと、昔誰かに言われたことがある。誰に言われたんだったか。今では遠い昔、思い出すことすらできない、昔。 変態といわれようがなんだろうが、世界に自分が存在していてその隣にはがいればそれで十分で、特に言われたことについて気にはしなかった。 むしろしか望まない自分を誰か褒めてくれてもいいんじゃないかと思ったりもした。金も地位も名誉も、友もいらない。だけがそこにいればそれでいいのだから。


「指きった。」






---------------
2011.6.16

いつもとは違った書き方をしてみたくて、もはやシリーズ化になりつつありますね。
行間を詰めに詰めて、第三者視点(のつもり)なのでダラダラと書いてみたり。

じぇじゅんが完全に違う人に大変身しちゃいました。こんなじぇじゅんは、いかがですか。