さん、来週末ってお暇ですか?よかったら○○の花火大会、ご一緒しません?」




最近一緒に仕事をするようになった、別部署の加藤さん(背の高い美人)から突然にお誘いを受けた。



曰く、今年のはじめに地方から転勤してきて初めて迎える都内の夏、有名どころの花火を観に行きたいけど一緒に行く友達がいなくて……ということらしい。


部署内には年上のオジサマばかりだし、一番声をかけやすいと思ったのが私だったとか。





「えっ……私なんかで、いいんですか」


「何言ってるんですか、もちろんです!前々からさんとご飯行きたいなって思ってたんですよ」





加藤さんの仕草はとても品がある。


背筋の伸びた姿勢、切れ長の目はまつ毛が長くて、彼女の佇まいはいつも凛としている。




でも話してみると柔らかい笑顔と穏やかな空気で親しみやすさを感じさせる、いわゆるギャップがある人だ。




歳は私と同じくらいだろうと思う。



今まで仕事のことでしか接点がなかったから、お互いに持っている情報が少ない。





「花火が見られるお店知ってるんです。おいしいご飯食べながら、女子トークしましょう」





また追って連絡しますね、とニコニコしながら自分の持ち場へ戻っていく加藤さんの後ろ姿は、やっぱり凛としていた。

























「加藤さんてば聞き上手、だいぶいろんなこと打ち明けちゃった」


「ふふふ、心を開いてもらってるみたいで嬉しいです」




都心のビルの屋上、多国籍料理ダイニングのパラソル席で私たちは話に花を咲かせていた。


夜空には花火が次々と打ち上げられ、時には周りの席から控えめな歓声が上がる。



私たちも時々は花火を楽しみつつ、メインは女子トークになっていた。





加藤さんは私の一つ下で、家も割と近いことが分かった。



相槌がうまいのか話題の引き出し方がうまいのか、彼女は本当に聞き上手。


お酒が入ってることも手伝って、仕事の些細な愚痴からプライベートの悩み(主に恋人ができないことへの焦り)まで、かなりいろいろとしゃべってしまった。





「こんな私の話に付き合ってもらっちゃって――」


さん、この間もそうでしたけどご自分のこと卑下しすぎですよ」


「……そうかな〜」


「そうですよ。もっと自信持ってください。私はいろんな話してもらえるの、すごく楽しいんですから」






自信――か。





そりゃ私だって、自分に自信持ちたいと思ってる。



でも加藤さんみたいに美人なわけじゃない、平々凡々な見た目。


大して取り柄があるわけでもない。



周りはどんどんくっついていく中で、日々会社と家の往復。たまの休日はぼーっとするか、気ままにフラりとぶらついてみるくらい。





改めて振り返ってみると、自分の干物っぷりが日に日に上がっているようで、自信なんてものはほど遠く感じる。







「じゃあ今度は、私が話を聞いてもらう番です」





私が何も言わないでいると、加藤さんは柔らかく笑いながらグラスを眺めてそう言った。







「私ね、恋愛にまったく興味がないんです」


「えっ、うそ……もったいない」


「よく言われます」





眉尻を下げて笑う加藤さんは、グラスの中の梅酒を飲み干すと店員を呼んで「ハイボール一つ、お願いします」と凛とした笑みを添えて言った。



彼女の背筋はずっと伸びたままだ。






「男の人に興味がないんです。こっちにその気は全く、これっぽっちもないのに、少し話が盛り上がったくらいでグイグイ来られたりとかすると、疲れちゃって」


「加藤さん美人だもん、男の人からしてみたらお近づきになりたいと思うのもわかる」


「あ、いえ、イヤミな言い方になってたらすみません。……私は自分の好きなことのためだけに生きたいんです」





だけど周りは野次を入れる。



かわいいんだから恋人なんてすぐ作れるだろうに、絶対いい人いるって、婚活とかしてみたら、恋人つくらないなんてもったいないよ――




親にもそんなことを言われた加藤さんは、いよいよめんどくさくなって転勤を自ら希望し、地元から出てきた。






「ごめん、私もさっき”もったいない”なんて言っちゃって……」


「気にしないでください。」


「……加藤さんは、今、幸せ?」


「はい、とっても。ノイズから離れて自分の好きなことを思いっきりやれる、すごく充実感あります」





キラキラと輝く笑顔の加藤さんは、運ばれて間もないハイボールをあっという間に飲み干した。



カラン、とグラスの氷が彼女に同意するかのように音を立てる。






さん、この曲知ってますか?」





おもむろに空を指差した加藤さんにつられて、意識が店内BGMに向く。




どこかで聞いたことがあるような、ないような。



でも声には聞き覚えがある。






「私、このアーティストの大ファンなんです」


「声は聞いたことあるような……ないような……」


「ジェジュンっていう人なんですけど」


「……ああ!知ってる!」






前に何度かテレビで見たことがある。


甘くてどこか切ない、特徴的な声の人だって思った人だ!




今店内放送で流れてるのはリズミカルでポップな、わりと明るめな曲。






「私、ジェジュンが本当に好きで――あ、もちろん恋愛対象じゃなくて、エンターテイナーとしてですけど――自分の情熱をすべて注いで応援したいって思ったんです」



ライブに行ったり出演番組を見たり、雑誌を買ったりロケ地を訪れてみたり。



「自分で稼いだお金で自分の時間を自由に使って。すごく楽しいんですよ」





加藤さんの笑顔に私もつられてしまう。



一息おいてから彼女の視線が少し遠くを、昔を思い出すようなまなざしに変わった。






「私も昔は自分に自信、なかったんです。恋愛に興味がないのはおかしいんじゃないかとか、周りに合わせて生活しなきゃとか、いろいろ考えたりもしました」




でも自分に一番素直に生きることが、加藤さんにとっての幸せだと気づいた。




「そこからだんだん、自分に自信がついてきたんです。根拠なんてなにもありませんけど、好きなことに情熱を注げる自分でいいじゃないかって。


自分の生きたいように生きてるって素敵だなって思えるようになったんです。


いつか、こんな私を受け入れてくれて馬の合う人と出会えたら恋愛すればいいし、そうじゃなくたって一人でも私は生きていけるしって」






自信なんて根拠がなくたっていいんですよ。




彼女の背筋はピシッと伸びている。







さんも、もっと自分をほめてあげていいんですよ。恋人だって、惰性でどうでもいい人と付き合うより心がときめく人と付き合う方が何倍も、何百倍も楽しいし幸せですもん。


お友達が心配してくれるのもありがたいけど、でも一番はさんの気持ちがどうあるか、ですよ。


恋愛の優先順位が上がるまで、今のさんが幸せだな、楽しいなって思うことが一番大切です」




「加藤さん……」


「……って、なんか上から目線でいろいろ言っちゃってすいません。途中から自分でも何言ってるのか、わからなくなっちゃった」



「ううん、ありがとう」







花火はとっくに打ち上げが終わっていた。



夜空を見上げれば、名残惜しむように煙が空に漂っているだけ。






さん、デザート食べましょう」


「うん」






二人してメニューを眺めていると、加藤さんは




「大人になるって、大変ですよね」




ぽつりとつぶやいた。




そのあとに咲いた彼女の笑顔は、花火のように煌びやかたっだ。





































あれから数日。




加藤さんからの言葉が、ずっと私の内側のどこかしらに引っかかっている。







「私の気持ち、か……」







もし私が少女漫画のヒロインだったら。




紆余曲折合った末に、いろんなことを悩みに悩んで悩みぬいて、最後はきっと自分の気持ちに正直に行動するだろう。


だってそうしないとハッピーエンドにはたどり着けないから。




でも私は少女漫画のヒロインじゃない。この先にハッピーエンドが必ず待ち受けているとは限らない。







「……とどのつまり、臆病者なんだよな私は」







ソファに沈みながら何気なくスマホでニュースアプリを眺めている。



ふと、カタカナの字面が目に留まった。





『ジェジュン インタビュー』






「(加藤さんが好きだって言ってた人、)」







タップして開くと、何枚かの写真とともに長文のインタビュー記事。



仕事のことや食の好み、最近のオンオフの過ごし方など根掘り葉掘り聞いている記事らしい。






こういう華やかな世界にいる人は、どういう恋愛ビジョンを持っているんだろう。




「(やっぱ必然的に目が肥えるから、きれいな人じゃないと恋愛対象にならなかったりして)」






そんな偏見を持ちながら、ジェジュンさんの解答を読んでみる。








『若いころは無駄に女性への理想が高かったです。それは外見面でも内面的な部分でも。


だけど自分が歳を取って、変わりました。理想もそうだし恋愛観も変わったかな。



僕は今、仕事がとても楽しいんです。だから積極的に恋愛をしようとは思ってません。恋におちちゃったら別だけど(笑)


仕事を通して日々実感するのは、何かに打ち込んでいる人は男女問わずとても魅力的だということ。


僕の周りのスタッフさんを見るといつもそう思います。



だから今の僕の理想像は、信念をしっかり持った女性ですかね。そしてそれに対して努力できる人。


僕がそうありたいって思ってるから、女性にもそれを求めちゃうのかも……ああ、嫌われちゃう(笑)




自分を大切にできる人は周りも大切にできるって、よく言いますよね。


だからそういう人は素敵だなって思います。』










いつだったか、美術展の帰りを思い出す。






湿気がまとわりつき、生ぬるい風が顔を撫でていく。



刺すような太陽の日差し。首筋を伝う汗の感覚。



頭の片隅に残るようなセミの鳴き声。




一丸となった楽器の合奏――







青春に焦がれた、あの時の私。























今日も外は暑い。




この日差しなら、洗濯物はあっという間に乾くだろう。






そろそろ私も乾こうか。




湿った私に、さよならを告げて。




未来の私と、今の私が幸せになれるように。










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2019.07.27

お読みいただきありがとうございます。
夢というには接点がなさすぎる話でしたが、一度こういうの書いてみたかったのでリハビリがてらに。
途中から書いていて「私は何が書きたいんだ??」となりました。
考えすぎると一文字も書けなくなったので途中からは勢いに任せました。

大人って本当に難しい。歳を重ねてそれを実感する回数が多くなりました。
だけど大人じゃないとできないこと、会えない人、行けない場所があったりするんだよな〜って考えるとまあ悪いことばかりじゃありませんね。
……そうやってポジティブに考えとかないとダメになるなっていう自己防衛です。