その女はフルスイングでオレの頬を引っぱたいた。乾いた音が響く。
血が上って赤くなった顔で眉間にはしわが寄り、小さく震えながら最低という言葉を吐き出しヒールを鳴らせて踵を返した。
女の力とはいえなかなかの衝撃を受けた頬は、尾を引く衝撃の残響とヒリヒリとした痛みの感覚だけが鮮明だ。
そんなオレの顔を、は不安と怯えを露にして見つめていた。
デリンジャーをぶっ放す
オレを引っぱたいてヒールをうるさく鳴らしてどこかへ消えたのはオレの恋人”だった”女だ。
人通りの多い街中で人目も気にせず騒ぎを起こす。そういう面倒な性格の女だった。
上品なんて言葉のひとかけらも似合わない。
オレもなんであんなのと付き合ってたのか、今考えると不思議で仕方が無い。
あの女には”しとやかさ”なんていうものはまったくなかった。
丈の短いタイトスカートを履いてるくせに人目も気にせず平気で足を組む。
テンションが上がれば上がるほど大口を開いて笑ったり怒鳴ったり。
オレが車で送迎してやれば、降りるときはこれまたフルスイングでドアを閉める。当然ひどい音がたつ。
適度なという意味合いの適当ではなく、いい加減なという意味合いでの適当な女だった。
思い出すだけで腹が立ってきた。
「ユチョンくん……顔、」
おどおどとしたの声に、オレは息を軽く吐いて彼女に向き直った。
今のオレの恋人。
それをあのクソ女は浮気中の二股の相手と認識したらしい。
とっくにアイツとは終わってるのに、勘違いもはなはだしい。
に手を上げられなかっただけマシだけど、それでもムカつくもんはムカつく。
「痛い、よね。真っ赤だし…」
「へいき、、行こう。」
さっきから周囲の目がこっちに向いてるのが気になって仕方なく、オレはの手を引いて足早にその場を去った。
ショーウインドウに移る自分の顔。
眉間が寄って頬も少し赤い気がする。
全部あの女のせいで。
チクショウ。
「、アイツのことは気にしなくていいからね、忘れて。」
「え、」
別れてなお過去の女に振り回されることがこんなにも腹立たしいとは。
ガラの悪さがにじみ出る目つきでを睨みつけていた。それにも腹が立つ。
女のヒステリックは発作みたいなもんだから、いつどこで起こるかわかったもんじゃないというのは経験から身に染みていた。
ただいざ目の当たりにするとその対処法に困る。というか、迷惑する。
オレが、が、何をしたっていうんだよ。
腹立たしさに身を任せて歩いていたら、いつの間にか美術館に足を踏み入れていた。
とりあえず館内のベンチに腰を下ろし、一息つく。
「ごめん。せっかくのデートなのに、なんか雰囲気ぶち壊しになっちゃったね。」
「そんなことないよ。ユチョンくん、ほっぺは平気?」
「(ほっぺ…)なんとも。」
相変わらずおどおどと、その手を行き場無くしながらもオレを心配してくれていた。
同じ女でもこうも違うものなのかと、オレは少しため息が出る。
周りからしたら少しあざとさのあるように見えるかもしれないけど、オレはのこういうところが好きだ。
「…何もいきなり殴ることないのに。」
表情に滲み出る不快感。
育ちが違うと価値観も全く異なるんだということを再度認識する。
「犬に噛まれたんだと思うことにするよ。」
「ずいぶんな凶暴犬だね。」
のその言葉に、オレは思わず噴出してしまった。
的を射た発言だし、オレもそこには同意するけど、まさかからそんな言葉が出てくるなんて。
ますますおかしくなってくる。
ついに腹を抱えて笑い出してしまった。
「っくっくっく…」
「え、なに? 私、なんか変なこと言った?」
「っはー、おっかし……いや、まさにそのとおりだなあと思って。」
今の言葉、本人が聞いたらきっと逆上するだろうなぁ…。
そう思うとますます笑いがこみ上げて止まらなくなる。
はでさらりと言ってのけているところが、また。
「ねえ、せっかくだからここ見て周ろうか。」
「え、うん。」
さっきまでの怒りがどこかに消えてなくなった。
不思議なくらいにあっさりと。
立ち上がり、名前を呼びながら手を差し出すと、嬉しそうに握り返してくる彼女の手をひいてチケット売り場へと向かった。
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2014.6.02
正反対の女の子とお付き合いするユチョンっていうのを書きたかったんですけどよくわからなくなりました。