「おはー。」
するり。
音を立てずに腹を滑るように回ってきた腕は、そのままの体を離すまいとがっちりと巻きつけられた。
背後から密着されたことには露骨に眉間にしわを寄せて嫌がるも、ユチョンはさして気にも留めず。
自分よりも背の低いのこめかみに何度も何度もキスをして、よく寝れた?と甘い声で囁く。
「邪魔。」
「すっごいドスの聞いた声だね、。」
どんなに邪険にあしらってもユチョンは笑顔のまま。
大げさにため息をついても、回された手の甲を抓っても、こめかみを乱暴に拭っても。
全てを目の当たりにしてもユチョンはにこにこと頬を緩めたまま。
「……なんなの?」
「ユチョンです。」
「…ウザい。」
「オレは好き。」
会話にすらならず。
抱きしめられたままコーヒーを飲み干し、は肺の中の空気を全て吐き出した。
情けでは愛せない
そもそもが、犯罪者と同等のことをしている。と、はユチョンに対して思っている。
大前提として二人は付き合っているわけではい。
矢印が五個くらいつくほどにユチョンの片思いなだけである。
それなのにユチョンはなぜかの家の合鍵を持っていて、気ままにやってきては好きだの何だのとぬかす。
以前、不法侵入罪だと大真面目に説教をしたことがあった。
にも拘らずユチョンは、
「他の女のとこ行く気にならなかったんだもん。」
としれっと答えるだけで悪びれる様子もなく。
いつ合鍵を調達したのか白状するでもなく。
そのときもへらへらと笑っていて、でも目は真っ直ぐにを見つめていた。
嫌いというわけではないのだ。
多少迷惑ではあるけれども。
ただ、ユチョンからの好意に応えるほど気持ちがあるわけでもないし、正直なところ親しい人間の一人としてのカウントであって付き合いたいという思いは薄い。
本人にそれを伝えても、「それでもいいよ、オレは。」と言われてしまった。
傍にいるだけで幸せなんだと。
そう言われてしまっては、本気で尻を蹴っ飛ばす気にもなれず。
ただ、気があるような態度をとるのはのすべきことではないとわかっているから、邪険に扱う素振りで距離を保つ。
それがなかなか残酷なことだと、はあまり気づいていない。
「あんた今日仕事は?」
「終わらしてきた、3時くらいまでかかったけど。」
「じゃあほとんど寝てないんじゃん。早く家帰って寝なさいよ。」
「に会いたかったんだよ。まだ一緒にいたい。」
「……。」
「ねえ、はオレのこと嫌いじゃないの?」
突如の問いには反応が遅れる。
後ろから抱きしめられているせいでユチョンの顔があまり見えないが、それでもいつものように笑ってはいないことだけはにもわかった。
「なんだかんだ言っても結局オレのこと許してくれるじゃん、。でもオレの気持ちに応えてくれるわけでもないし。」
回される腕の力が強くなって、抱きしめられているというより締め付けられているという表現のほうが適切な状態になる。
「…この状況になっても振り払わないし、ねえ、なに考えてんの?」
「ユチョ――」
「たとえばオレが襲っても大人しく受け入れてくれたりするの?」
言葉とは裏腹に、ふと拘束が解かれてユチョンが数歩後ろに下がった気配がした。
振り向いて顔を見ると、思いつめた顔をしている。
かと思えば無理矢理に笑顔を作って、
「それはないか。」
それだけ言い残して足早に去ってしまった。
残されたは微かに残るユチョンの香り、体温に動けずにいる。
あんな表情を見たのは初めてで、そうさせたのも自分だと考えると罪悪感が消えない。
でも追いかけるのは筋違いだとわかっている。
自分の心の中で生まれる、複雑に絡み合った矛盾。
自分自身でも見出せていない答え。
先ほどまで抱きしめられていた体の身軽さがなぜか虚無的に思えて、はため息をついた。
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2014.10.6
甘い話を書こうと思って書き出したんですけど、気づいたらシリアス調になってしまいました。