「「「「いってらっしゃーい!」」」」





玄関から一歩でも出れば、もわっとした熱風が体を包み込んだ。



天国から一転して地獄へ足を踏み入れた気分だ。


すぐにでも体を反転させて、家の中に戻りたい。





「んー、あっついねー!!」





そんなことを言いつつも、の顔はユノと違って笑顔だ。




家から出てまだいくらも歩いてないのに、早速ユノの額には汗が浮かんだ。






ベストポジション






そもそも、が「祭りに行きたい」と言い出さなければ、この暑い中を出歩かなくてすんだのに。



ユノはそんなことを思いながら、の少し後ろをゆっくりと歩いていた。



できることなら俺だって家でゆっくりしてたかった、と溜め息をつく。




食器を洗わなきゃいけないからとか、クリアしなきゃいけないゲームがあるとか、ケーキの賞味期限が近いから食べなきゃいけないとか、



挙句の果てにお腹が痛いと嘘を言ってまで、外に出ようとしなかった薄情な4人。



で、「行きたい行きたい!」と折れようとしなかった。




そんなはいつの間にか浴衣に着替えていて、「一人じゃやだ!」と言って強引にユノを外に連れ出したのだ。


巾着袋には、ご丁寧に自分とユノの財布、携帯を詰め込んで。



用意周到なを目の前に、ユノはしぶしぶついていくことにしたのだ。




ユノの数歩目の前で、浴衣に身を包んだがはしゃいでいる。



出店はいっぱい出てるかな、花火はいつ打ちあがるのかな、なんて時々ユノに振り返ってはニコニコしている。




「ちゃんと前見て歩かないと怪我するぞ。」


「そんなドジじゃないもーん。」


「(どうだか。)」




すっかり浮かれている


その後姿を見ていると、めんどくさいけどついてきて正解だったかも、と思える。



年の割には子供みたいにはしゃぐ、絶対に一人じゃ危なっかしい。


慣れない下駄のせいでこけたり、人にぶつかったりしそうだ。




「ユノー、遅いよー!」




祭り会場の入り口で、は「早く早く!」とユノを急かす。


時折出店のほうに振り返っては、どれを食べようかと悩んでいるらしくユノを呼ぶ手が止まっていた。



ユノはのほうへ歩きながら、周りの客達の様子を観察した。


親子連れ、友達、カップル…



さまざまな年齢層の客が、この祭りに足を運んでいる。




「(ほとんどのカップルは浴衣に甚平か…)」




この日のために準備したのか、と思うと、なぜか感心してしまった。



ユノは、に強引に連れてこられたというせいでもあるが、Tシャツにジーンズ、そしてビーチサンダルという至って普通の格好。


強引に連れてこられなかったとしても、たぶん浴衣や甚平は着なかっただろう。


やはり、どうしても”めんどくさい”という思いが先行してしまう。




「ユノ、もっと早く歩こうよ。」


「無茶言うなよ…この暑い中、もうくたくただよ。」


「いつもすごい踊ってんのに?体力ないなー。」


「それとこれとは話が別。」


「しょーがないなー、あとであたしがカキ氷買ってあげるから!ほら、行こ!」




バシッとユノの肩を叩いて、は早速屋台に走っていった。


「わたあめ」と書かれた屋台の前には、家族でそれなりの行列ができている。



ふわふわとしたわたあめを渡された子供が、父親に連れられて嬉しそうにユノの横を歩いていった。





「…ほんと、子供みたいだよお前。」


「なんでー?わたあめ、いいじゃん。おいしいじゃん。」


「っていうか…普通、まず夕食になるものを食べるだろ。」




おじさんからわたあめを受け取ったは、嬉しそうに次の屋台へと足を向けた。


にこにこしながら、わたあめにパクついている。



ユノもそんなのあとについて、ふわふわわたあめを一掴みし、口に入れた。


砂糖でできたそれは、口の中いっぱいに甘さが広がり空腹の胃へと落ちていった。




早いところ、飯が食べたい。




と並んで歩き、次の屋台を決めかねていると、何人かの女の子達にすれ違いざまに小さく盛り上がられた。




「あれって、ユノじゃない?」


「えー、うそー!」


「こんなところにいないでしょー。」


「でもチョー似てるよ!」





まずい、変装も何もしてこなかった。


せめてサングラスだけでもかけてくれば…と後悔していると、ユノの腕をがぐいっと引っ張って、




「はい、これ。」




お面を渡してきた。


黄色い、国民的アイドルキャラクターのお面だ。




いつの間に買ったのかと思ってふとの後ろを見ると、おじさんが笑って手を振ってきた。


なるほど、ここはお面屋の前だったのだ。




「それかぶってれば、バレないんじゃない?」


「…冗談だろ。」


「えー、可愛いじゃん。」




せっかく買ったのに…と、わたあめを食べながらに軽く睨まれた。


別に頼んだわけでもないのだが、仕方なしにユノはお面のゴムへ手をかける。



でも、さすがに正面から被るのは躊躇われたので、斜めに被ることにした。



黄色い国民的アイドルキャラクターは、ユノのこめかみを覆うようにして被られている。





「…それ、変。」


「被らないよりマシだろ?」


「……あ、焼きそばー。」





できるだけ人に顔を見られないよう、斜めに被ったお面を駆使しながらのあとを着いていくユノ。



会場の真ん中辺りまで来ると、さすがに人が多い。


今まで一本道に出店が連なっていたのが、この辺りから十字路になることによって出店の範囲が拡大していた。



こうなると、迷ってしまったらアウトだ。




、俺の携帯…」


「うん、待って。焼きそば買っちゃうからー。」



人の流れがめちゃくちゃになっていて、とユノの間にもそれなりの距離が出来上がっていた。


少し声を張り上げないと、相手に届かない。


それでも焼きそばの行列にが並んでいたので、ユノはほっと胸を撫で下ろした。






――ドンッ!




「…っと、」





突然、太もも辺りに衝撃を食らった。


何かと思って下を見ると、そこには浴衣を来た女の子が尻餅をついている。



この子とぶつかってしまったのだと、ユノはすぐさま理解した。




「ごめんね、大丈夫?」




屈んで、女の子が人混みに流されないよう、さり気なく肩に手を添える。


見ると小学校1年生か2年生くらいの、幼い女の子だった。


泣きそうな顔はぐっと堪えるような顔に変わり、小さく「ごめんなさい。」と呟いた。


女の子は、大事そうにわたあめを袋を抱えている。




「俺のほうこそ、ごめんね。怪我してない?」


「へーき…あ、ママっ。」




女の子は母親を見つけると、はぐれまいとわたあめを抱えなおして人混みの中へ消えてしまった。


屈んでいたユノは重い腰を上げ、焼きそば屋の行列に再び目を向ける。





「(…あれ?)」





さっきまでいたはずのが、焼きそば屋の行列の中にいなかった。


周辺も含めて何度も見るが、いない。




ユノの手元には財布はおろか携帯もない。との連絡手段が皆無だ。




「まじかよ…。」




とりあえず、探すしかない。


そう遠くへは行ってないはずだと、自分に言い聞かせながら歩き始める。



…せめて、このお面に気づいてくれさえすれば。














「まったく…どこ行っちゃったのよユノー…。」




一方のは、焼きそばを買ってすぐに人混みに流されていた。


逆らうことができずにとりあえず流れに乗っていると、案の定ユノとはぐれてしまった。



しかたがないので、出店の出ていない小道に出て一呼吸。


人混みの中の息苦しさは、結構辛いものがある。




「…どうしよ。」




手には巾着と焼きそば、そしてユノとの連絡手段をとるものは全ての手元に。


早く携帯を渡しておくんだったと後悔する。



出店や街頭をつたって吊るされた提灯の明かりがあるといえども、メインの道からはずれると薄暗いのは確かだった。



さすがに一人だと心細い。



そのとき、





「――っ!」




ポン、と軽く肩を叩かれ、反射的に振り返る。



そこには二人の、いかにも頭の軽そうな男がニヤニヤしながらを見下ろしていた。



何気に、ピンチな状況だ。


こういう人間の対処法なんて、まったく知らないのだから。




「ねーねー、今一人? おれたちと一緒に楽しもうよ。」


「こんなとこにいたら、せっかくの祭りなのにもったいないじゃん?」


「いえ、あの…人を、待ってるんで…」


「えー?あ、もしかしてはぐれちゃった?」


「じゃあ一緒に探してあげるよ。行こうぜ。」




ぐっと腕をつかまれ、振りほどこうにも男の力は強く抵抗ができない。


「放して」と言っても男達は下品な笑い声を立てながら、無理矢理を連れて行こうとする。



涙目になりながら抵抗していると、近くから「!」というユノの声が聞こえた。





「…!」


「っ、ユノ――!」




本当に運良くを見つけたユノは、急いで駆け寄ってきては男達からを引き剥がした。


そして呆気にとられている二人に鋭い視線を送り、の手を引いてまた人混みの中へと引き返す。



一連の素早い動きに、もやっとの思いでついていくしかない。


後ろを振り返れば、もう人混みで男たちが見えなくなっていた。




「あ、ありがとう、ユノ…っ、」


「大丈夫か?何もされてないよな?」


「う、うん…怖かった…。」




ユノはを怒ることはなく、が無事であることを確認するとホッとしたように溜め息をついた。



先ほどまで恐怖から涙目だったも、ユノの登場とお面のおかげで落ち着きを取り戻しつつある。



しっかりと繋がれた手は未だ解けることはなく、そこに特別な感情がないとわかっていてもは頬を緩ませた。














「あ、またあがった。今度は3発だ。キレー…」



出店の通りから外れて少し歩いたところに、花火がよく見えるという穴場に二人はいた。


ユノと以外にも何組かのカップルがいて、寄り添っては次々に上がる花火に心を奪われている。



焼き鳥を食べながら花火を眺めるユノに、は小さく「今更だけどさ、」と話題を振った。




「ユノは、浴衣とか着ないの?」


「…動きやすい格好のほうがいいだろ。」


「えー…ユノの浴衣姿、見たいな。」




の声と同時に、ラストの花火が打ち上がり、さまざまな場所から歓声が沸きあがった。














後日。



「はい。」


「…え、ユノ何これ?」


「……。」




撮影から帰ってきた5人を出迎えたに、一枚の紙を渡したユノ。


材質からしてそれは写真らしく、は何気なく裏返しにして見てみる。



そこには、




「あ、浴衣!」


「今日の撮影で着たんだよ。」




あの時、ユノはしっかりの言葉を聞いていたらしい。


ジェジュンとジュンスと一緒に、写真には浴衣姿のユノが写っていた。



それを見たは、目を輝かせながらユノのもとに駆け寄ってくる。




「かっこいいじゃん!今度、ちゃんと浴衣着てまたお祭り行こうね!」


「…は?」




アルバムに入れておこー!と、バタバタといい逃げしていくの背中を見つめながら、ユノは溜め息をついた。





「(もうお守りはこりごりだよ…)」







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2010.8.11

無駄に長い。 夏ということで、二人を祭りに出してみました。 結果、補足説明しないとわからない作品になりました。
私の中で二人は恋人ではなく、気を使わずに一緒にいられる相手というか…
ユノはヒロインの保護者的位置で、ヒロインはおてんば娘ってイメージでした。 なんだかんだいって仲いいみたいなね。 そういうイメージで書いてたんですが…いかんせん、長い。 お粗末さまでしたm(_ _)m