寂しく一人、頼りない紙切れを握り締めて役所に立ちすくむ私。


まるでドラマの登場人物のような自分の立場にため息は尽きなかった。




「(借金のかたに売られる娘……この時代に、まさか、本当にこんなことがあるなんて。)」








1.契約期間は3ヶ月








役所に婚姻届を提出してから7時間後。


私はこれからの生活拠点となる旦那さんの家で、彼と対面する形で座り、下を向いたままだんまりを決め込んでいる。



目の前には、今日晴れて夫婦となった芸能人のユノ。




テレビでしか見たことの無い人が実際に目の前に座っていて、しかもこの人が私の旦那さんだなんて、ものすごいプレッシャーだ。



ちょっと吐き気すら覚えてしまう。





「…とりあえず、今日、婚姻届出してくれて、ありがとうございます。」





ユノが頭を下げてきた。



沈黙を破る言葉がそれかよ、と思いつつ、「はあ、」となんとも間抜けな返事をする。


というよりも、それ以外に答える言葉が見つからなかった。







親の借金が返済できないほどに膨れているという事実を知ったのがつい数日前。


真剣な顔をして家族会議が開かれたかと思えば、私に結婚してくれと頭を下げられたのだ。


恋人がいなくて年齢もそこそこ、言い方こそ悪いが独り身の娘を差し出すことでうちの家庭は最悪の事態を免れる、ということらしかった。



人事のようにその話を聞いていた私に拒否権は無かったらしく、次の日から相手方(つまりユノ)の関係者たちが私の元に訪れてきた。



とんとん拍子で進む話。用意されていた婚姻届。


全てが最初から決まっていたことのように流れていった。




両親は泣きながら私に土下座をしていたけど、もう何も考えたくなかった私は言葉もほどほどに荷物をまとめて家を出た。




そして婚姻届を役所に出し、この家に来て、晴れて新婚生活がスタートしたというわけだ。







ユノと実際に顔を合わせたのは今が始めて。


というのも、ユノも会社側だかなんだかに弱みを握られている?とかなんとかで(詳しいことはわからないけど)、ノリ気ではないらしかった。




つまり私たちは偽装結婚で結ばれたようなものだ。






「…ユノ、さん。あの、とりあえず3ヶ月は我慢しましょう。お互いに。」


「……冷静なんですね。」


「もうここまできたら仕方ないでしょう。3ヶ月。結婚生活を演じて、終わりにしましょう。それまではお互い我慢です。」






お互いに眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。



当然のことだけど、後悔ばかりが押し寄せてくる。



不可抗力のこの事態、理不尽に対する苛立ちをぶつけたい対象が今ここにはいなくて、余計にいらいらする。





「…離婚歴、ついちゃいますけど、いいんですか?」


「仕方ないじゃないですか。偽装結婚のままずっといるほうが私には耐えられません。」





ただでさえ今日の夕刊一面、夜の報道ニュースのトップを占めたユノの結婚報道を考えると、私には絶対耐えられない。



熱愛報道も何も出ていないユノの突然の結婚報道に、当然世界中のファンたちが泣き叫んだと各メディアが報道していた。


そしてその怒りの矛先は私に向くのだ。


私も被害者なのに。





「3ヶ月間一緒に暮らすことになるので、契約を結びましょう。」


「契約?」


「そうです。」





まとめて持ってきたカバンの中から手帳を取り出し、メモのページに箇条書きにしてユノさんに差し出した。






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3ヶ月間の結婚生活における契約内容



・お互いへの過干渉は禁止

・就寝は自分の個室で別々に

・異性の人間を家に連れ入れるのは禁止(ややこしいことに発展する可能性がある為)

・偽装結婚であることは二人だけの秘密、外部への漏洩禁止

・男女の関係に発展するような行為は禁止



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一通り読み終えたあと、ユノは軽くため息をついて「わかりました。」と律儀に自筆でサインをした。



かと思えばページを捲って、何かを書き始めた。


時々ペンを走らせる手を止めながら、一通り書き終えて手帳が手元に戻ってきた。



そこにはユノからの契約提示があった。





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・居住環境に関しては家主の俺が権限を持つ
(勝手に物を売り払ったりしないこと)

・マスコミと関わることは出来るだけ控えてほしい

・3ヶ月間は不倫行為と思われる行動はしないこと
(週刊誌に撮られると問題になる)

・お互いに遠慮せず意思疎通することを心がけること


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「思ったことはちゃんと言い合うようにしましょう。なるべくストレスは溜めないように。」




偽装結婚とはいえお互いを尊重しましょう、ということらしい。


やっぱりしっかりしてるんだなぁ、と思いつつ、うなずいで私も直筆でサインを施す。




あくまで私たちは同居人という域を出ない生活を心がけるのみ。



そのスタンスを崩さず生活をすれば、3ヶ月なんてあっという間だろう。






「生活費については俺が出しますから、言ってください。」


「いえ、私も仕事してますし、折半ということでどうですか。」


「わかりました。家事については出来るときに出来るほうがやるということで。それから、一応夫婦になったので…他人行儀な態度はやめましょう。」


「…はあ。」


「お互いに名前で呼び合って、敬語もやめる。ということで。」





改めてお互いに頭を下げあって、「よろしくお願いします。」と言ってる傍から他人行儀な挨拶をして話し合いは終了。


いつ用意されたのかわからない結婚指輪を渡されて、個室を案内された。




荷物を降ろして用意されていたベッドにダイブする。


真新しい布団の匂いに、改めて生活環境の変化を実感させられた。



これからの3ヶ月間を考えると憂鬱にならざるを得ない。





思わずつきそうになったため息を噛み殺して、左手薬指にはめた指輪を凝視する。



昔は結婚に夢を抱いてたんだけど、まさかこんなことになるなんて。





いくらするのかもわからない高そうな指輪をはずして、一声かけてお風呂に向かった。








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2014.8.12

お互いにぎこちない感じ。