8.知られてはいけない
ユノの看病のおかげで風邪が長引くことはなく、私の体調はすぐに回復した。
お礼と謝罪の言葉を告げると、ユノは眉尻を下げて笑って「良くなってよかった」とだけ言った。
それからすぐに、ユノのスケジュールは海外での仕事でびっしりと埋まり、家には帰ってこなくなった。
時々するメールや電話でのやり取り。
ケータイが音を立てる度にドキドキする私は、自分の心のうちを悟られないようにと装うのにいつも必死でいる。
彼には思いやりのない態度ばかりとっていたのに、一緒にいるうちにいつの間にか好きになってしまって。
都合が良すぎるなと自分でも思うから、この気持ちは打ち明けてはいけないし打ち明けるつもりもない。
たとえ打ち明けたところでユノにその気はないだろうから、ただ困らせるだけになってしまう。
そんなことをするくらいなら、せめて残りの期間は少しでも好印象でいてもらいたい。
家事を終わらせて暇を持て余し、何をするわけでもなくスマホでネットニュースを流し読みしていた。
ふと目に留まった、『東方神起のユノ、早くも夫婦仲に亀裂か』という見出し。
ぎくりと一瞬動きが止まる。
マスコミに騒がれるようなことをした覚えはないし、撮られたという連絡も入ってない。
一体どういう意味なんだろうと、すぐにそのページを開いた。
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先月電撃入籍を発表した東方神起のユノだが、早くも夫婦仲に暗雲が立ち込めているらしい。
関係者の話によると、ユノは入籍後から沈んだ様子ばかり見せているという。
「仕事疲れももちろんあるんでしょうが、以前よりため息をつくことが増えました。
どうかしたのかと聞いてもはぐらかすし、家の事を聞いても言葉を濁すんです。何も話さない。
もともと交際していた女性との結婚ではないようだという噂があって、彼の結婚については疑問点が多いんです。
それだけに新婚生活も上手くいってないんじゃないかと、僕たちの間ではその話で持ちきりです。」(関係者談)
左手の薬指には指輪がはめられているものの、ユノは最近国外での活動に力を入れている。
家に帰らないために海外活動のスケジュールを詰め込んだのではないかという噂も浮上してきているという。
また、新婚生活についての話を振られても、多くを語らず言葉を濁すという場面が何度も見られている。
家庭の話をしないスタンスともとれるが、実はすでに夫婦仲が破綻しているからだという人もいる。
電撃入籍から早1ヶ月、スピード離婚のニュースが世界中を驚かせる日も、そう遠くはないのかもしれない――
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根拠のない、ニュースというよりはコラムめいた記事。
にもかかわらず、少しショックを受けている自分がいた。
わかってはいた。だっていきなり他人との同居生活を強制されなきゃいけないなんて、誰だって心労する。
私の態度もよくなかったし、自分の生活環境を一気に乱されて疲れるのは当たり前。
契約で縛られた仲だとは言え、私たちは仲が悪いわけでもない。
この間少しギクシャクしちゃったけど、ちゃんと謝ってまた元に戻ったし。
でも実際は、私がそう思い込んでいるだけで、ユノは私と距離をとりたいと思っているのかもしれない。
家に帰ってこなくてすむように海外スケジュールを詰めたっていう話が本当だとしたら。
一番落ち着く我が家を帰りたくない場所に変えてしまったのは他でもない私だ。
「……ばからし、」
考えるだけ無駄、そう考えて呟いた独り言も、結局強がりにしか聞こえなかった。
こんな記事を結構真に受けている自分に呆れて、気持ちをリセットしようとお風呂に向かう。
熱いお湯に好きな香りの入浴剤を入れて、深呼吸をして気持ちを立て直す。
一息ついて携帯を手に取ると、ユノからの着信が3件も入っていた。
これだけのことで胸を高鳴らせて、まるで片思い中の女子高生みたいだ。
慌ててかけ直すと、ユノはすぐに電話に出てくれた。
『もしもし、?』
「ごめん、お風呂入ってた。3回もかけてくれたんだね、何かあったの?」
『いや……何も変わったことないよな?』
「ないけど、どうして? ……あ、もしかして、ネットの記事のこと?」
『ん……なんかファンの間であっという間にあの記事が広まったらしくて……ネットでかなり騒がれてるらしい。』
ユノのその言い方で、なんとなく私が中傷されてるんだろうなということを感じた。
だから変わったことがないかって、心配して電話してくれたんだ。
てことはよっぽど過激に叩かれてるんだろうなあ。
「何もないから安心して。」
『何かあったらすぐ連絡してくれよ。』
「……ねえ、ユノはなんで私のこと心配してくれるの?」
電話越しに聞こえる真剣な声に、考えるより先に言葉が口をついて出ていた。
ユノは言葉に詰まっているのか、返答がない。
「心配してくれて、すごく嬉しいんだけど……ユノにとっては、放っておいたほうが楽じゃない?」
『なんで?』
「だって、仕事も忙しくて休む暇もなくて、そんなときに私なんかのこと心配してたら疲れるでしょ。」
籍を入れたといっても、ただ契約を交わしただけの相手なんだから。
その言葉を発するよりも早く、ユノの少し強い声がはっきりと電話越しに届いた。
『勘違いしてないか?俺たちはもう赤の他人じゃないんだぞ?心配して当たり前だろう。』
そういう言葉を言われると、ますます自分の中の気持ちが大きくなって隠しづらくなる。
倒れた日から急速にユノに惹かれていく自分を自覚しているから、余計に居たたまれなくなった。
「それは……書面上は、そうかもしれないけど――」
『本気で言ってるのか?』
「……。」
『俺は、最初こそうんざりするほど嫌だったし早く終われって思ってたけど、のこと見てるうちに気持ちが変わったよ。』
「……なに、言ってるの…」
『素でいてくれると一緒に生活して、そりゃ嫌だなって思うこともあったけど、こんなに落ち着けるものなんだって初めて思ったから。』
鼓動がどんどん加速していく。
携帯をぎゅっと握り締めていないと落っことしそうで、それくらい体がよくわからない緊張感に包まれていた。
手足の震えがひどい。
電話越しに聞こえるユノの言葉が、遠いようで近い。
『帰ってからちゃんと言おうと思ったけど、が考えてることがよくわからないからここで言わせてもらう。』
鼓動と一緒に呼吸も速くなる。
目が霞む。何で? 涙だ、知らないうちに、どんどん湧き上がってくる。
『俺はのことを好きになった。だから心配もするし、頼ってほしいと思ってる。俺は、が好きだ。』
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2014.8.12