オフィスラブは突然に?




外はすっかり陽が落ちて、同僚、上司、後輩、事務員、全員とっくに退社していた。私を除いて。




「あー……なんでこういう日に限って……ミスがこんなにたくさん見つかっちゃうかなぁ。」




電気を落とされただだっ広いオフィスの中、一人デスクランプの明かりを頼りに仕事をしている。



疲れ目にはこの環境はかなり辛くて、思わず背もたれに全体重をかけて文句を呟いた。


誰も聞いてないのにこんな独り言、なんて惨めなんだろう。





「あとどんくらいで終わんだろ……先がみえなーい、帰りたーい。」




今日はノー残業デーだから帰りは駅地下でみんなでご飯! と言っていた数時間前。


私以外の同僚は今頃おいしくおしゃれなディナーを楽しんでいるんだろう。



私だって、今日中に片付けなきゃいけない仕事じゃなかったら放り投げて合流してるのに。



悔しい!






「あぁー……もうだめだー……。」


「手伝いましょうか?」


「うぇえっ!!?」





突然の第三者の声に、みっともない叫び声を抑えられなかった。



こんな暗闇の中誰かいると思ってないから、文字通り飛び跳ねて驚いてしまった自分が恥ずかしい。




声のしたほうを見ると長身の人影。


それはだんだんと近寄ってきて、ようやく顔を認識できるほどになって――






「え、えぇと、……」





どこかで見たことある気がするけど、知り合いではない気がする。



この人、誰だっけ?


同じ部署ではない、はず。たぶん。私の上司でも後輩でもないし。



見た目は私より少し上、くらいかな?


すらっと背筋の伸びた姿勢がキレイな、爽やかな印象の男の人。





「あれ、覚えててもらえてないのかな? さん。」





どうやら先方は私のことを知っているらしい。……誰?





「あ、の、どこかでお会いしてます、か?」


「ああ、忘れられちゃってるんですね。……残念。」





後ろ頭をかいて眉を下げて笑う男の人。



名を名乗ってくれるかと思ったら、私の隣に座って近距離でデスクに頬杖をついた。


口の端を釣り上げて、でも別に悪い印象を抱かせるわけではない表情で、私をじっと見つめてる。





「俺はしっかりあなたのこと覚えてたんですけどね。」


「あ、ごめんなさい。どこでお会いしたんだろ……あの、お名前を――」


「仕事はどうですか?進んでます? よかったら手伝いますよ。」


「や、えと、」





有無を言わせず、その人は私にぐっと寄ってきて、かと思ったらキーボードを自分に向けてガタガタと打ち始めた。



画面を見ては少し考える素振りを見せて、すぐに入力するということを繰り返している。


圧倒された私は画面を見ることしかできない。



あれだけたくさんあったミスが、この人の手にかかってあっという間に修正されていく。




しかも無駄がない。


見ていてなるほど、と気づかされるシステム構築の方法ばかりで、思わず「すごい」と口にしてしまった。





「はい、終わり。これだけですよね?残ってた仕事。」


「あ、はい、ありがとうございます……っていうか、全部やっていただいちゃって、ほんとすいません!!」


「はは。今日はノー残業デーなんだから、残業しちゃダメじゃないですか。早く帰りましょう。」


「は、い……すいません。」





わたわたと荷物を仕舞い込む。



最後にメガネを仕舞おうとして、それまで引っ込んでいた疑問が再び湧き上がってきた。




この人は誰で、どうしてここにきて、なんで私の仕事を手伝ってくれたのか。





「……あ、のー……。」


「はい?」


「なんで、ここにいらっしゃって……手伝っていただいたんでしょうか。」





目の前の人は黙って私の言葉を聞いている。





「お名前、も、教えていただきたいんですけど……。」





なんとなくその沈黙が気まずくて、恐る恐る顔を上げる。


表情も変えずにただ私を見下ろしているその人は、なんだかやっぱりどこかで見たことがあるような――





。」


「!! え、なんで私の名前、」


「……呼べば思い出してくれると思ったんだけどな。」





ぼそりと独り言をつぶやいて、その人はいきなり私の腰を引き寄せた。



縮まるお互いの距離に、私はまたもや変な声を出す。





「わっ、ちょ、なんなんですか!?」


「半年前の社員旅行で一緒に行動したの、思い出しませんか?」


「社員、旅行……」





そんなのあったっけ、と必死に記憶を手繰り寄せる。



その間にもぐいと密着度が高まって、頬には手を添えられて……




なんなの、この展開!





「最終日のキャンプファイアーは、二人で一緒に見ましたよ?さん。」


「え、……あ! ユノ、さん?」


「ようやく思い出してくれましたね。」





そんなことよりも引っ付いている体に気が散っちゃって、私は必死にユノさんと距離を取ろうとする。



なのにユノさんは全然離してくれなくて。





「あの時からずっとあなたに声をかけようと思ってたんです。仕事手伝ったお礼に、ご飯ご一緒していただけませんか。」


「いや、あの、一回離れてもらえませんか!?」


「はいと言ってもらえるまで離れません。」


「わ、わかりましたから!」





ようやく距離をとれるようになって、私は心拍数の上がった胸をなでおろした。



かと思えばユノさんがさりげなく手を取って、デスクランプを消して私を連れて行く。





「どこに行きましょうか。」





急展開過ぎてよくわからない。



一度頭の中を整理したい。のに。




ユノさんは足を止めることなく、私の手をしっかりと握ってどんどん進んでいく。





「ゆっくりできるところがいいですよね、疲れたでしょうし。」


「……あなたに、疲れました……。」


「あはは、それはすみません。」





絶対そんなこと思ってないような口ぶりで、笑って私に頭を下げるユノさん。



もう意味が分からない。




カバンの中から取り出したスマホを見ると、そこには同僚からのラインが届いていて、




『システム開発部の部長がのこと探してたよ!まだ会社にいるって言っといたから、これからそっち行くかも。』




これでユノさんがここに来た理由が分かった。




……私を探してたという理由も。






ユノさんに手を引かれながら、私はもう一度半年前の社員旅行の記憶を呼び起こそうと必死になるのだった。







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2015.7.8

着地点がずれたような気もします。が、このままでいっかーと突っ走りました。
よくなかったかもしれませんね。